日本テレマン協会創立55周年記念特別公演Vol.2
テレマンの街ハンブルクから中之島をウィーンに
テレマン55周年音楽祭

日 時 2018年10月21日(日)
会 場 大阪市中央公会堂
入場料 ¥5,000(メイン公演チケットで全公演を鑑賞可)
主 催 日本テレマン協会
ご予約 日本テレマン協会事務局 06-6345-1046(平日10 時~ 18 時)

日本テレマン協会では、創立55周年を記念し、「テレマン55周年音楽祭」を開催いたします。
大阪市中央公会堂全館を使用し、複数の公演を実施します。詳細は下記の通りとなっています。



催事A
78人のリコーダー奏者による
テレマン55リコーダーオーケストラ

 会 場 大集会室
 開 演 13:00 (12:30開場)
 入場料 ¥1,000 自由席(定員1,161名様)

 演 目 A. ローゼンヘック:「カリフォルニア組曲」より
      S. マーシャル:「4 つの中世の旋律」より
      中西 覚:「祭り」
      D. トンプソン:「ジュビリーワルツ」
      G.Ph.テレマン:組曲「ハンブルクの潮の満干」より「序曲」ほか
       ※曲目は変更されることがあります。
 出 演 プロデュース:北山 隆
      指揮:北山 隆・松浦孝成
      テレマン55 リコーダーオーケストラ


催事D
佐野吉彦氏(安井建築設計事務所 代表取締役社長)による講演
「教会/建築/音楽」

 会 場 2階会議室
 開 演 14:15 (13:45開場)
 入場料 ¥1,000 自由席(定員48名様)

 内 容 1 日本におけるキリスト教の歩み
      2 関西の教会建築
      3 教会の活動を支える建築、デザイン
      4 教会建築から生まれる音楽とは

【概要】
宗教は日本の歴史の中で重要な役割を果たしています。今年、世界遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教が禁教期に遺した文化遺産をクローズアップするものでした。さらに、キリスト教は明治以降においても個性的な建築を生み出す契機となり、近現代の都市風景を形成することに寄与しています。 今回は、関西におけるキリスト教建築を紹介しながら、宗教と建築の間にどのような関係があるのか、教会建築で生まれた音楽とはどのようなものかを総覧します。それぞれがお互いに影響を与えあって文化を育んできたところにもご注目ください。


催事B
テレマン・リターンズ・カルテット

 会 場 小集会室
 開 演 14:15 (13:45開場)
 入場料 ¥1,000 自由席(定員150名様)

 演 目 W.A.モーツァルト:弦楽四重奏曲
      F.J.ハイドン:弦楽四重奏曲 ほか
       ※曲目は変更されることがあります。
 出 演 テレマン・リターンズ・カルテット
       ヴァイオリン:久合田 緑・平井誠 ヴィオラ:上野博孝 チェロ:上塚憲一

催事C
高田泰治フォルテピアノ・リサイタル

 会 場 特別室
 開 演 14:15 (13:45開場)
 入場料 ¥1,000 自由席(定員32名様)

 演 目 W.A.モーツァルト:ピアノ・ソナタ
                  きらきら星変奏曲 ほか
      ※曲目は変更されることがあります。
 出 演 フォルテピアノ:高田泰治

催事E メイン公演
スヴィーテン男爵が台本を書き、ハイドンが晩年に作曲した傑作!
F.J.ハイドン:オラトリオ「四季」

 会 場 中集会室
 開 演 16:00 (15:30開場)
 入場料 ¥5,000 自由席(定員500名様)
       ※メイン公演のチケットをお持ちの方は
        全公演をご鑑賞いただけます。

 演 目 F.J.ハイドン:オラトリオ「四季」
      ※曲目は変更されることがあります。
 出 演 指揮:延原武春
      独唱:ソプラノ 中村朋子/ テノール 新井俊稀 / バス 篠部信宏
      テレマン室内合唱団 テレマン室内オーケストラ


館内各所
奥村恵美子プロデュース
大阪・ハンブルク友好都市提携30 周年プロジェクト「想ひの記憶」プレ企画
写真展示「そこにある風景 大阪・ハンブルク」
ハンブルク在住の写真家タイナカジュンペイによる写真展示

12:30~18:30


ふたつの中心 — ハンブルクとウィーン
 1806 年までドイツ語圏をゆるやかに統合していた神聖ローマ帝国。この帝国の北西と南東にはそれぞれ、大きな力を持った街がある。ハンブルクとウィーンだ。ハンブルクは12 世紀、神聖ローマ皇帝の勅許により海運の自由を手に入れ、15 世紀以降は自治権を得た。帝国末期には西欧の金融センターの地位を確かなものとする。一方のウィーンは、1437 年以降、神聖ローマ皇帝をほぼ世襲したハプスブルク家の本拠地として、政治上の重要度を高めていた。16・17 世紀にはオスマン軍に街を包囲されるも、その攻撃に耐え抜いた。
 通商と金融の港湾都市ハンブルク、政治の中心にして強固な要塞都市ウィーン。帝国の南北に位置するこの対照的な二都市を、音楽文化の面でつないだのがゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン男爵だ。彼はオーストリアの外交官として欧州の各地に暮らし、各地で膨大な楽譜を入手した。とりわけ重要なのは、バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエルに交響曲を注文したこと。当時、ハンブルクの都市音楽監督だったエマヌエルはこの注文に応え、6 曲の交響曲を男爵に書き送った。
 ウィーンで宮廷図書館長の職に就いた男爵は、こうして集めた楽譜を使い、図書館を舞台に演奏会を催した。この演奏会シリーズには、ハイドンやモーツァルトら、同地の音楽家も招かれた。彼らはこのシリーズで、ヘンデルやバッハ、バッハの息子たちの作品と本格的に向き合うようになる。スヴィーテン男爵は神聖ローマ帝国の版図に散らばる音楽の実を、図書館の一角に集めてみせた。そのふたつの中心がハンブルクとウィーンだった。
(澤谷夏樹(音楽評論)「日本テレマン協会第247 回定期演奏会曲目解説」より)